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メンターにとっての基本的な視点や、
コミュニケーションに役立つ情報を発信しています。


「大切にする」という営みは、人を育てるのかもしれない
最近、一つのことを考えています。 人は、「何を学ぶか」だけではなく、「何を大切に扱っているか」によって育っていくのではないか。 もちろん、これはまだ私自身の仮説です。 心理学の理論として確立されているわけでもありませんし、科学的に十分検証されている話でもありません。 ただ、様々な実践や経験を振り返る中で、この考え方には何か共通するものがあるように感じています。 例えば、ある講話の中で印象に残った話がありました。 人生は一本の木にたとえられます。 枝や葉、果実は、仕事の成果や人間関係、お金など、私たちが目にする「結果」です。 一方で、地中にある根は目には見えません。 心の在り方や喜び、人とのつながりなど、自分を支える土台です。 その講話では、親との関係を少しずつ見つめ直し、毎日感謝を意識したり、ハガキを書き続けたりしたことで、人生に変化が生まれたという実践が紹介されていました。 その話を聞いて、私は「親を大切にすること」よりも、その奥にあるものが気になりました。 もしかすると、本当に人を変えているのは、 「大切にする」という営みそのものなのではない
達也 早崎
7月24日読了時間: 3分


【理念】「飯、行こうや。」 〜その一言から始まった〜
「飯、行こうや。」 今でも、あの何気ない一言を思い出すことがあります。 たったそれだけの言葉でした。 でも、あの一言がなかったら、今の私はここにいなかったかもしれません。 私は子どもの頃、アトピー性皮膚炎がひどく、思うように外で遊ぶことができませんでした。 みんなが校庭を走り回る中、私は教室にいる。 プールも見学。 「なんで自分だけなんだろう。」 そんな悔しさを何度も味わいました。 ようやく少し落ち着いたと思ったら、今度は勉強についていけませんでした。 漢字を何百回書いても覚えられない。 アルファベットも覚えられない。 人より努力しているつもりなのに、結果だけがついてこない。 「サボっている。」 そう思われ、居残りをさせられることもありました。 子どもながらに、「なんでこんなに頑張っているのに」と、先生を恨んだこともあります。 そんな私を救ってくれたのが、長距離走でした。 担任の先生が声をかけてくれました。 走ることだけは認めてもらえた。 「ここなら自分にも居場所がある。」 そう思えました。 そして私は、本気で箱根駅伝を目指しました。...
達也 早崎
7月15日読了時間: 4分


「メンターとは、理想を教える人ではない。理想を生きる人である。」
私はこれまで、 「メンターコーチとは、人にコミュニケーションを教える人ではない。」 「現場で共に苦しみ、共に考え、共に成長する存在である。」 そう伝えてきました。 そして、その考えは今でも変わりません。 しかし最近、私は、その言葉の中に一つ、大きな穴があったことに気づきました。 私はいつしか、「現場でコミュニケーション理論を育てること」に大きな価値を感じるようになっていました。 だからこそ、現場に出ることなくコミュニケーションを教えている人に対して、どこか不信感を抱いていました。 「現場を知らない人に、現場で本当に使えるコミュニケーションなんて作れるはずがない。」 「机上の空論では、人は救えない。」 そんな思いが、私の中には確かにありました。 もちろん、それは間違いではないと思います。 実際、医療現場には現場でしか分からない現実があります。 だからこそ、医療メンター協会では、メンター自身が現場で働き続けることを大切にしています。 しかし、私は気づいてしまったのです。 現場にいることだけでは、足りなかったのだと。 その頃の私は、現場で使えるコミュニ
達也 早崎
7月13日読了時間: 5分


人と人との境界線を引くということ― 課題の分離と、価値に沿って生きるという選択 ―
先日の夜勤で、改めて考えさせられる出来事がありました。 私は夜勤アルバイトですが、その日はリーダー業務を担当していました。 緊急入院が予定されていたため、事前にスタッフへ状況を共有し、「入院対応を手伝ってほしい」とお願いしていました。 ところが、そのスタッフは私に声を掛けることなく休憩へ入り、結果として緊急入院の受け入れは予定より遅れることになりました。 休憩から戻ってきた後も、自分の業務を始めたため、私はナースコール対応をお願いしました。 すると、 「私はやることがあるので。」 そんな表情と口調でした。 もちろん、その方にも事情があったのかもしれません。 だからこそ私は、 「なぜこんなに防衛的になってしまうのだろう。」 「私はお願い(リクエスト)をしているだけなのに、何が相手をそうさせるのだろう。」 そんなことを考えていました。 そして、 「忙しいのであれば報告してほしい。」 「患者さんを優先するために、一緒に方法を考えられたのではないだろうか。」 そんな思いも湧いてきました。 でも、その出来事以上に私の心を揺らしたものがありました。 それは、
達也 早崎
7月13日読了時間: 6分


過剰適応について
私は、自分では比較的「過剰適応しやすい人間」だと思っています。 仕事では「真面目ですね」と言われることも多く、人前では比較的しっかりしているように見られます。 しかし家では、ダラダラすることもありますし、筋トレをしながら動画を見たり、夜更かしをしたりもします。 看護師として夜勤も続けていますから、「朝型が健康的」「早起きが良い」という一般論が、そのまま自分に当てはまるとも思っていません。 医療メンター協会のプログラムは、現場で苦しみながら働く医療・介護従事者の役に立つものでなければ意味がないと考えています。 だからこそ、夜勤を続けながら現場で実践し、その経験を講座や研修に落とし込み、検証を繰り返しています。 その反面、家では燃え尽きたようになってしまうことも少なくありません。 そんな自分自身を振り返る中で、最近あらためて考えるようになったテーマがあります。 それが「過剰適応」です。 過剰適応とは何か 心理学でいう過剰適応とは、 自分の気持ちや限界よりも、周囲の期待や役割を優先し続け、自分を後回しにして適応しようとする状態を指します。...
達也 早崎
6月30日読了時間: 7分


瞑想3:フェルトセンス体の声とは?
「この感覚には、名前があった。」 〜フェルトセンスという、自分自身との対話〜 前回のブログでは、瞑想を続ける中で、普段は気づくことのなかった身体の「重さ」と静かに向き合った体験を書きました。 私はその時、その感覚が何なのか分かりませんでした。 ただ、不思議と「何か大切なものに触れている」という感覚だけはありました。 その後、改めて心理学を振り返る中で、 「ああ、この体験には名前があったんだ。」 そう感じました。 その名前が、フェルトセンス(Felt Sense)です。 フェルトセンスとは何でしょうか。 フェルトセンスとは、心理学者であり哲学者でもあったユージン・ジェンドリンが提唱した概念です。 簡単に言えば、まだ言葉になっていない身体全体の感覚です。 私たちは普段、 「悲しい」 「嬉しい」 「怒っている」 と、感情を言葉で表現します。 しかし実際には、その言葉になる前に、 胸が締め付けられる感じ。 喉につかえる感じ。 お腹が重くなる感じ。 肩に何かが乗っているような感じ。 そんな、「何とも言えない身体の感覚」を経験していることがあります。 それが
達也 早崎
6月30日読了時間: 4分


瞑想2:瞑想で出会った体の声
ここからは、少し個人的な体験を書いてみたいと思います。 これは科学的な事実を説明するものではなく、私自身が瞑想の中で経験した一つの出来事です。 もし皆さんが瞑想を実践される際の参考になれば幸いです。 ある日、私は疲れ切ってしまい、気が付くとソファーで眠っていました。 目を覚ますと夜中の3時。 身体は少し休まったように感じるものの、頭の中には重たい霧がかかったような感覚が残っていました。 思考は鈍く、身体もどこか重だるい。 寝起きなのに、すっきりしない。 「身体は休めても、脳はまだ休み切れていない。」 そんな感覚でした。 シャワーを浴び、もう一度眠る前に、いつもより少し長めに瞑想をしてみようと思いました。 呼吸へ意識を向けます。 しかし、その日は呼吸よりも、身体の重だるさの方が強く感じられました。 「今日は何だか重いな。」 そんな程度の感覚でした。 ところが、そのまま静かに座り続けていると、不思議なことが起こりました。 全身が、まるで柔らかいゴムに包まれたような、とても重い感覚に変わっていったのです。 身体が沈んでいくような感覚。 重力に優しく押さ
達也 早崎
6月30日読了時間: 3分


瞑想1:頑張る技術は学んできた。 でも、「休む技術」は誰も教えてくれなかった。
― 忙しい人ほど、瞑想が必要だと気づいた話 私は看護師として夜勤をしながら、医療メンター協会の活動を行っています。 講座をつくり、学びを深め、現場で実践し、また検証する。 気が付けば、去年の2025年10月頃から今年の6月頃まで、ほとんど休みらしい休みを取らずに走り続けていました。 好きな仕事です。 やりたいことでもあります。 だから苦痛ではありませんでした。 しかし、ある日、少しだけ違和感を覚えました。 頭が働かない。 集中できない。 考えがまとまらない。 何となく不安定。 睡眠も浅い気がする。 身体よりも、脳の方が疲れ切っている。 そんな感覚でした。 一瞬、 「もしかすると、うつ状態なのだろうか。」 そんなことまで頭をよぎりました。 もちろん、自分だけの感覚で判断できるものではありません。 しかし、自分自身を客観的に眺めてみると、一つだけ確かなことがありました。 私は、何か月も脳を休ませていませんでした。 「休んでいるつもり」だった私 今振り返ると、不思議なことがあります。 私は休憩を取っていました。 仕事が終わればソファに座る。 スマートフ
達也 早崎
6月27日読了時間: 8分


Q &A:嫌な人がいて、どうしても会わないといけない時、どんな心持ちで会えばいいのでしょうか?
生きていると、「どうしても苦手だな」と感じる人に出会うことがあります。 できれば会いたくない。話したくない。できることなら避けたい。 でも、職場や地域、家族関係など、どうしても顔を合わせなければならない場面もあります。 そんな時、どんな心持ちでその人と向き合えばいいのでしょうか。 少しだけ、小学生の頃の自分を思い出してみてください。 きっと、好きな友達もいたし、いつも一緒にいた子もいたと思います。 その一方で、 「なんだか苦手だな。」「どうしても合わないな。」 そんなふうに感じる相手もいたのではないでしょうか。 私にもいました。 では、その頃の「苦手だった子」を一人、思い浮かべてみてください。 そして、あなただけが今の大人の自分に戻って、その子を見つめてみるのです。 もし今、その子に会ったとしたら、どう感じるでしょうか。 もちろん、 「やっぱり苦手だな。」 とは思うかもしれません。 けれど、「絶対に会いたくない」「許せない」と、激しい嫌悪感に飲み込まれることは、案外少ないのではないでしょうか。 もしかすると、 「この子も、まだ子どもだったんだな。
達也 早崎
6月19日読了時間: 4分


繰り返すモヤモヤの正体~感情・ニーズ・リクエストという心の筋トレ~
私たちは日々、多くの人と関わりながら生活しています。 職場、家庭、友人関係、地域活動。 その中で、 「なんだかモヤモヤする」 「あの一言が引っかかっている」 「本当は言いたいことがあったのに言えなかった」 「どうしてもあの人と同じことを繰り返してしまう」 そんな経験はないでしょうか。 実は、人間関係の悩みの多くは、相手そのものが原因ではなく、 自分自身の気持ちや大切にしたいことが見えなくなっている状態 から生まれることがあります。 今回の講座では、「心理ゲーム」という考え方を通して、人間関係の悪循環について学びました。 してしまうコミュニケーションパターン のことです。 例えば、 相手を責める 我慢する 過剰に助ける といった行動です。 本当は、 「協力してほしい」 「分かってほしい」 「大切に扱ってほしい」 という想いがあるにも関わらず、 それを素直に伝えられず、 怒りや批判、自己犠牲や諦めという形で表現してしまいます。 すると相手も防衛的になり、 さらに関係が悪循環していきます。 人は内容よりも伝わり方に反応する 哲学者ニーチェは、...
達也 早崎
6月11日読了時間: 8分


コミュニケーションは「何を話すか」より「どこから入るか」で決まる
私たちは毎日、多くの人とコミュニケーションを取っています。 職場での挨拶、申し送り、雑談、相談、指導、患者さんとの関わり。 その中で、 「おはようございます」「調子どうですか?」「忙しいですか?」「大丈夫ですか?」 そんな何気ない声かけを自然に行っていると思います。 しかし、その何気ない声かけには実はたくさんの種類があります。 そして私たちは知らず知らずのうちに、自分が使いやすい声かけばかりを繰り返しています。 少しだけ、自分の一日を振り返ってみてください。 朝、職場で誰かと会った時、どんな言葉をかけているでしょうか。 仕事中、相手を気遣う時はどんな言葉を使っているでしょうか。 仕事が終わった後、どのように相手を労っているでしょうか。 おそらく多くの人は、いつも似たような言葉を使っています。 そして、その入り口から始まるコミュニケーションは、いつも似たような会話へと進み、いつも似たような関係性へとつながっていきます。 私たちは意図せず、同じパターンのコミュニケーションを繰り返しながら、同じような人間関係を作り続けているのです。 もちろん、それは悪
達也 早崎
6月5日読了時間: 4分


「人をどう見るか」が、関係性と可能性をつくっている
私たち医療メンター協会では、技術や知識だけではなく、「人をどのような存在として見るのか」をとても大切にしています。 なぜなら、人は“見られ方”の影響を強く受ける存在だからです。 たとえば、 「この人はダメだ」「どうせできない」「また失敗するだろう」 そんな視点で相手を見続けていると、不思議なほど、その人は本当に力を発揮しにくくなっていきます。 逆に、 「この人には可能性がある」「まだ発揮されていない力がある」「きっと理解し合える部分がある」 という視点で関わると、相手の表情や反応、行動そのものが少しずつ変化していくことがあります。 これは単なる精神論ではありません。心理学や教育学の領域でも、長年研究されてきたテーマです。 教育心理学で有名な「ピグマリオン効果」 代表的な研究のひとつに、教育心理学者の ロバート・ローゼンタール と、校長であった レノア・ジャコブソン による研究があります。 1963年に出版された「期待による学習効果」で広く知られる研究です。 この研究では、小学校で知能テストを実施した後、実際にはランダムに選ばれた生徒を、教師に対し
達也 早崎
5月30日読了時間: 3分


メンターコミュニケーションは心の原材料
【医療メンターの皆様へ】私たちが届ける「心の原材料」とその役割 現代社会において、多くの人が原因のわからない生きづらさや、精神的な不調を抱えています。 これは、かつて私たちが豊かに持っていた、万物や他者、そして自分自身と深く繋がる感性(八百万の心)が、いつの間にか失われてしまっていることが背景にあります。 この状態は、たとえるなら「原材料が届かないために、本来の機能が止まってしまっている工場」のようなものです。今の社会は、その原材料がないまま、なんとか日々を生き延びている状態と言えます。 私たち医療メンター協会は、この止まってしまっている人間の機能を再び動かすために、必要な「原材料」を提供する役割を担っています。 1. 私たちが提供する「3つの原材料」と「人間関係」 人間が本来の機能を取り戻すために必要な原材料は、メンターが持つ以下の3つの要素です。 あり方(温かさ) 見方(深さ) やり方(多様性) この3つの原材料が注がれることで、そこに「深く、広く、温かい人間関係」が育まれます。この人間関係こそが、心の機能を動かす確かな土台となります。 2.
達也 早崎
5月25日読了時間: 3分
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