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Q &A:嫌な人がいて、どうしても会わないといけない時、どんな心持ちで会えばいいのでしょうか?


生きていると、「どうしても苦手だな」と感じる人に出会うことがあります。

できれば会いたくない。話したくない。できることなら避けたい。

でも、職場や地域、家族関係など、どうしても顔を合わせなければならない場面もあります。


そんな時、どんな心持ちでその人と向き合えばいいのでしょうか。

少しだけ、小学生の頃の自分を思い出してみてください。

きっと、好きな友達もいたし、いつも一緒にいた子もいたと思います。


その一方で、

「なんだか苦手だな。」「どうしても合わないな。」

そんなふうに感じる相手もいたのではないでしょうか。

私にもいました。


では、その頃の「苦手だった子」を一人、思い浮かべてみてください。

そして、あなただけが今の大人の自分に戻って、その子を見つめてみるのです。

もし今、その子に会ったとしたら、どう感じるでしょうか。


もちろん、

「やっぱり苦手だな。」

とは思うかもしれません。

けれど、「絶対に会いたくない」「許せない」と、激しい嫌悪感に飲み込まれることは、案外少ないのではないでしょうか。

もしかすると、

「この子も、まだ子どもだったんだな。」

そんなふうに思えるかもしれません。


実は、大人になった私たちも、見た目は成長していても、心の中には子どもの頃につくった考え方やコミュニケーションの癖をたくさん抱えています。

認められたくて意地を張ったり。

傷つくのが怖くて攻撃的になったり。

不安だから相手をコントロールしようとしたり。

本当は寂しいのに、素直に助けを求められなかったり。

つまり私たちは、完全に成熟した大人というよりも、未熟さや不器用さ、そして傷つきを抱えながら生きている存在なのかもしれません。

だから、どうしても会いたくない相手と向き合う時も、

「この人も、不器用な部分を抱えながら生きているんだな。」

そんなふうに、少し距離を取って眺めてみるのです。


すると、

「どうしてこんな人とうまくやれないんだろう。」

「私が悪いのかな。」

「いや、全部あの人が悪いのかな。」

と、自分や相手を必要以上に裁かなくて済むことがあります。

もちろん、これは「我慢しましょう」という話ではありません。

相手を理解することと、相手に近づくことは別のことです。

理解しようと努めながらも、必要であれば距離を置くこと。

嫌なことには「それは嫌です」と伝えること。

自分を守るために境界線を引くこと。

それもまた、大切な成熟です。


私たちは、大人になると、「ちゃんとしていなければならない」と思い込みます。

だから、人とうまくいかないと、

「自分に問題があるのではないか。」

あるいは、

「相手がおかしいに違いない。」

と、極端に考えてしまうことがあります。

けれど実際には、未熟さや傷つき、不器用さを抱えた人間同士が関わっているだけなのかもしれません。


そう考えると、少し肩の力が抜けてきます。

完璧な大人同士なのにうまくいかないのではなく、不完全な人間同士が、懸命に関わろうとしている。

そう思えると、「どうしても会いたくない」と感じていた相手との時間も、以前ほど大袈裟なものではなくなることがあります。

そして、この視点は相手だけでなく、自分自身にも向けることができます。

「ああ、私もまた、不器用な一人の人間なんだな。」

そうやって、自分の未熟さや弱さにも少し優しくなれた時、人との関わりは以前よりも少しシンプルになるのかもしれません。


医療メンター協会では、「人は変われる存在である」と同時に、「誰もが未完成のまま懸命に生きている存在である」

という視点を大切にしています。

だからこそ、自分も相手も簡単に善悪で裁かない。

理解しようと努めながらも、自分自身を大切にする境界線も忘れない。

嫌な人との出会いは決して嬉しいものではありません。

けれど、その出会いは、自分の反応の癖に気づき、人間という存在への理解を深める機会でもあります。


もし今、どうしても会いたくない人がいるのなら、ほんの少しだけ思い出してみてください。

その人もまた、未熟さや傷つきを抱えながら生きてきた、一人の人間なのだということを。

そしてあなた自身もまた、完全ではないけれど、懸命に生きている一人の人間であるということを。

その眼差しは、相手を正当化するためではなく、自分の心を少し自由にするためのものです。

そうして人を見ることができた時、私たちの人間関係は、「敵か味方か」という単純な世界から少し離れ、もっと温かく、そして現実的なものへと変わっていくのではないでしょうか。


医療メンター協会 メンターコーチ 早崎達也 2026年6月

 
 
 

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