過剰適応について
- 達也 早崎
- 6月30日
- 読了時間: 7分

私は、自分では比較的「過剰適応しやすい人間」だと思っています。
仕事では「真面目ですね」と言われることも多く、人前では比較的しっかりしているように見られます。
しかし家では、ダラダラすることもありますし、筋トレをしながら動画を見たり、夜更かしをしたりもします。
看護師として夜勤も続けていますから、「朝型が健康的」「早起きが良い」という一般論が、そのまま自分に当てはまるとも思っていません。
医療メンター協会のプログラムは、現場で苦しみながら働く医療・介護従事者の役に立つものでなければ意味がないと考えています。
だからこそ、夜勤を続けながら現場で実践し、その経験を講座や研修に落とし込み、検証を繰り返しています。
その反面、家では燃え尽きたようになってしまうことも少なくありません。
そんな自分自身を振り返る中で、最近あらためて考えるようになったテーマがあります。
それが「過剰適応」です。
過剰適応とは何か
心理学でいう過剰適応とは、
自分の気持ちや限界よりも、周囲の期待や役割を優先し続け、自分を後回しにして適応しようとする状態を指します。
もちろん、人に合わせること自体が悪いわけではありません。
社会の中で生きる以上、適応する力はとても大切です。
しかし、自分の心や身体が発しているサインよりも、「期待に応えなければ」「もっと頑張らなければ」「こうあるべき」が優先され続けると、ストレスは少しずつ蓄積していきます。
その状態が長く続けば、心身の不調や燃え尽きにつながることもあります。
私自身、医療現場でもそのような方々に数多く出会ってきました。
責任感が強く、真面目で、人の役に立ちたいという想いがある人ほど、自分の限界よりも周囲を優先し続けてしまうことがあります。
だからこそ、「頑張れる人ほど注意が必要なのではないか」と感じています。
コーチングでも起こり得ること
私は、このことはコーチングにも当てはまるのではないかと考えています。
ここで誤解してほしくないのは、コーチングそのものが危険だと言いたいわけではありません。
本来のコーチングは、現在地を丁寧に見つめ、その人の価値観や資源を大切にしながら未来へ進んでいくものです。
しかし現実には、「未来へ進むこと」ばかりに意識が向いてしまうことがあります。
未来を描き、目標を立て、理想の自分へ近づこうと努力する。
それ自体は素晴らしいことです。
ただ、その未来の中に、少しずつ他人の期待や社会的な価値観が入り込んでしまうことがあります。
最初は自分自身が望んだ未来だったはずなのに、
「もっと成果を出さなければ。」
「もっと成長しなければ。」
「もっと早く結果を出さなければ。」
そんな思いが、少しずつ積み重なっていくのです。
本人も気づかないうちに、「本当に望む未来」と「周囲から期待される未来」が混ざり合い、自分でも区別がつかなくなることがあります。
そして、自分では「自分の意思で頑張っている」と思っていても、その中には知らず知らずのうちに他人軸が入り込み、過剰適応へとつながっていくことがあるのではないでしょうか。
問題は理想を持つことではない
ここで一つ、大切にしたいことがあります。
私は、理想を持つことや未来を描くことが悪いと言いたいのではありません。
むしろ、人は未来を描くからこそ希望を持ち、成長していける存在だと思っています。
問題なのは、
「自分の価値」を未来の達成によって証明しようとしてしまうことです。
そうなると、
「今の自分ではまだ足りない。」
という感覚が強くなり、未来へ向かうことそのものが、自分を追い込む力へと変わってしまいます。
未来は、自分の価値を証明するためのものではありません。
未来は、自分らしく生きるための道しるべです。
だからこそ、未来へ向かうことと、今の自分を大切にすることは、本来対立するものではなく、両立できるものなのだと思います。
成長と背伸びは違う
最近、
成長と背伸びは違う
ということを強く感じています。
成長とは、自分のキャパシティを少しずつ広げていくことです。
昨日より少しできることが増える。
以前より少し落ち着いて対応できる。
少しずつ器が育っていく。
これは、とても健全な成長だと思います。
一方で、まだ器が育っていないにもかかわらず、理想だけを先に大きくしてしまう。
あるいは、人からどう見られるかを基準に、自分を無理に合わせ続けてしまう。
その状態は、一見すると成長しているように見えるかもしれません。
しかし実際には、心や身体がその変化についていけず、無理を重ねているだけなのかもしれません。
心理学では、人は少しずつ負荷をかけながら適応していくことで成長すると考えられています。
だからこそ、大切なのは「どれだけ頑張れるか」ではなく、
「今の自分にとって、持続可能な一歩は何か」
を見極めることなのだと思います。
私自身も例外ではありません
実は私自身も、半年に一度くらいはエネルギーが切れたように、省エネモードになることがあります。
医療メンターとして、「どんな状況でも現場で実践できること」を大切にしているからこそ、自分自身にも高い基準を求めてしまう部分があります。
現場で通用しないことを研修で伝えたくない。
だから現場に立ち続け、検証を繰り返しています。
その姿勢は大切にしたいと思っていますが、一方で、その反動も決して小さくありません。
だからこそ、自分の限界を知ることも、専門家として必要な力なのだと感じています。
一方で、医療メンター協会の運営については、意図的に「急がない」という選択をしています。
「もっと早く事業化した方がいい。」
「そのペースでは遅い。」
そう言われることもあります。
それでも私は、自分のペースを大切にしています。
もし周囲の期待や社会的な成功の基準に合わせて無理に進めてしまえば、おそらく長く続けることはできません。
少し遠回りに見えたとしても、自分のキャパシティに合わせながら、一歩ずつ積み重ねていく。
その方が、結果としてより遠くまで歩いていけると信じています。
メンターだからこそ大切にしたいこと
医療メンターは、相手を励まし、未来へ導く存在だと思われることがあります。
もちろん、それも大切な役割です。
しかし私は、それだけではないと考えています。
メンターは、「もっと頑張りましょう」と背中を押す人ではなく、
「その歩幅なら長く歩き続けられますか?」と一緒に確かめる人でもあると思っています。
目標を大きくすることよりも、その人が安心して成長を続けられる土台を整えること。
未来を描くだけではなく、その未来へ向かって歩き続けられる心と身体を育てること。
私は、そこにメンターの本質があるように感じています。
これは、医療・介護の現場でも同じです。
支援者自身が燃え尽きてしまえば、大切な人を支え続けることは難しくなります。
だからこそ、相手を大切にすることと同じくらい、自分自身のキャパシティを大切にすることも、支援者としての責任なのではないでしょうか。
持続可能な成長を目指して
私は、これからの時代に必要なのは、
「誰よりも頑張ること」
ではなく、
「長く成長し続けられること」
だと思っています。
人生は短距離走ではありません。
焦って走れば、一時的には前に進めるかもしれません。
しかし、本当に大切なのは、自分らしく歩み続けることです。
未来を描くことは大切です。
理想を持つことも大切です。
でも、その理想へ向かう自分自身の心と身体を置き去りにしてはいけません。
自分のキャパシティを尊重しながら、一歩ずつ器を育てていく。
その積み重ねが、結果として最も遠くまで進める道なのだと思います。
私自身も、まだその途中です。
だからこそ、医療メンターとして誰かに「頑張ってください」と伝える前に、
「その頑張りは、半年後、一年後のあなたも支え続けられる頑張りですか?」
そんな問いを、自分自身にも、そして関わる方にも、大切にしていきたいと思っています。
2026年6月 医療メンター協会 メンターコーチ 早崎達也



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