「大切にする」という営みは、人を育てるのかもしれない
- 達也 早崎
- 7月24日
- 読了時間: 3分

最近、一つのことを考えています。
人は、「何を学ぶか」だけではなく、「何を大切に扱っているか」によって育っていくのではないか。
もちろん、これはまだ私自身の仮説です。
心理学の理論として確立されているわけでもありませんし、科学的に十分検証されている話でもありません。
ただ、様々な実践や経験を振り返る中で、この考え方には何か共通するものがあるように感じています。
例えば、ある講話の中で印象に残った話がありました。
人生は一本の木にたとえられます。
枝や葉、果実は、仕事の成果や人間関係、お金など、私たちが目にする「結果」です。
一方で、地中にある根は目には見えません。
心の在り方や喜び、人とのつながりなど、自分を支える土台です。
その講話では、親との関係を少しずつ見つめ直し、毎日感謝を意識したり、ハガキを書き続けたりしたことで、人生に変化が生まれたという実践が紹介されていました。
その話を聞いて、私は「親を大切にすること」よりも、その奥にあるものが気になりました。
もしかすると、本当に人を変えているのは、
「大切にする」という営みそのものなのではないか。
そんなことを考え始めたのです。
もちろん、親子関係には様々な背景があります。
虐待や深い傷つきを経験された方にとっては、距離を置くことが自分を守るために必要な場合もあります。
ですから、この文章は「親を大切にしましょう」という話ではありません。
ここで私が考えたいのは、もっと広い意味での「大切にする」という行為についてです。
私は以前から、仕事を始める前に机やパソコンを拭くようにしています。
部屋を整えた日や、仕事道具を丁寧に扱った日は、不思議と落ち着いて仕事ができる感覚があります。
また、ある分野では、掃除や環境を整えることで身体の安定感が変化するという考え方も紹介されています。
こうした内容は、現時点では十分な科学的根拠が確立されているわけではありません。
そのため、私は事実としてではなく、一つの仮説として受け止めています。
しかし、自分自身の経験としては、「丁寧に扱う」という行為が、自分の状態にも何らかの影響を与えているように感じています。
考えてみると、私たちの周りには「大切にする」という行為がたくさんあります。
床を拭く。
靴を揃える。
机を整える。
仕事道具を手入れする。
一緒に働く仲間へ感謝を伝える。
患者さんが安心できるように環境を整える。
家族へ近況を伝える。
対象は、人だったり、物だったり、場所だったりします。
けれど共通しているのは、「丁寧に扱う」という姿勢です。
そして、その姿勢は、相手だけではなく、自分自身も少しずつ育てているように思えるのです。
私は今、このように考えています。
人は、「大切にする」という営みそのものによって育てられるのかもしれない。
短期的には、姿勢や心の落ち着き、慌ただしい場面でも動じにくい安定感として現れるのかもしれません。
長い時間をかければ、人との関わり方や仕事への向き合い方、生き方そのものを育てていくのかもしれません。
もちろん、これはまだ私自身の仮説です。
だからこそ、信じるのではなく、実践しながら確かめていきたいと思っています。
毎日、床を拭いてみる。
仕事道具を丁寧に扱う。
身近な人を大切にする。
そんな小さな営みを積み重ねたとき、自分自身にどんな変化が起こるのか。
これからも、自分の身体と日々の実践を通して、静かに検証を続けていきたいと思います。



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